グローバルに通用する国語力・MJコース

2022年4月、小中高生を対象とした、グローバルに通用する国語力・教養を磨く MJ(My Japanese)コースを開講します。「考える」「伝える」の基礎を日本語を通して身につけることで、自分の力で人生を切り拓けるようになる。切り拓けるからこそ、グローバルに活躍・貢献できるようになる。そんな若者を育てていきたいです。

日本語でできないことは外国語でもできません。英語で「考える」「伝える」をしっかりやりたいのなら、日本語の「考える」「伝える」から始めなければなりません。

私は30年近く、考える力・伝える力・英語を小学生~大学生、社会人にいたるまで、広く教えてきました。なぜそんな人が日本語を?とお思いになるかもしれません。少し説明させてください。

考える力の主原料は「言葉」です。あいまいな言葉からはあいまいな思考しか生まれません。伝える力の主原料ももちろん「言葉」です。伝えるとは、「どう伝えれば相手はわかってくれるかな」「どんな言葉ならわかりやすいだろう」と言葉を使って考え抜いた上で、心をこめて言葉を届けるということです。私はこれまで「考える」「伝える」の指導を通して、言葉のパワーと使い方をたくさんの人に教えてきました。

ドイツの詩人・ゲーテは「外国語を知らない者は自国語も知らない」と言いました。私は英語を長年教えてきたからこそ、日本語についてより深く考え、知ることができたと思っています。どうして日本語には主語がないの?過去のことを話しているのにどうして「現在形」を使うの?「論理」って何?など、おもしろい発見がたくさんありました。

実は、ドイツは私が中学2年~高校2年の間住んでいた国でもあります。ドイツではイギリス人の学校に通っていました。母語の最終形成期ともいえる時期に英語だらけの生活をした結果、英語はできるようになりましたが、日本語は「ちょっと残念」になってしまいました。複雑なことを言いたくてもうまく言葉にできない、そんな時期がしばらく続きました。

いちばんキツかったのは大学院生の頃です。日本語で議論するときは必ず「私の言っていること、わかります?」と確認しなければなりませんでしたし、研究書の邦訳をまかされたときは、時代劇に出てくるような古めかしい言葉を現代日本語だと思って使っていました。ところがそんな自分の日本語に嫌気がさしてきたのでしょうか、あるとき、生来の負けん気も手伝って「絶対に日本語のできる人になってやる!」と誓いを立てたのです。当時ハマっていた日本の近現代小説を片っ端から読んで語彙ノートを作り、友達が口にした単語がわからないと(意味がわからないなんて言いたくなかったので)コソコソと国語辞典を引き、日本語の上手い人の書き方・話し方を真似て、必死に日本語を学び直しました。おかげで日本語を感覚ではなく理屈で捉える力がついたと思います。そして、大学で考える力・伝える力・英語を教えるようになってからはさらに日本語の仕組みがわかるようになり、日本語をグローバルという文脈で俯瞰できるようになって…現在に至ります。

考える・伝える・英語を通して必死に向き合ってきた「日本語の力」を、今度はMJという場でより多くの生徒さんに伝授していきたいです。私が大学院で研究していたのは文学です。MJでは皆で文学を味わうということもやっていきます。「グローバルな日本語の使い手」になってみませんか。

たくさんの生徒さんと出会えることを楽しみにしています。

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